カテゴリー「オタクの屁理屈」の118件の記事

いろいろ理屈をこねてみる

2009年12月 6日 (日)

高知旅づくりコンテストが盛り上がってきた

「まんさい2009大成功!ありがとうございました」の記事で「お寒い状況」だと言っていた

高知 旅づくりコンテスト2009

がエントリー締め切り直前になってそれなりに盛り上がってきました。お寒い状況とか言ってすみませんでした。エントリー数が一気に増えて70オーバーとなり、かなりレベルの高いレポートが増えました。

ポイントをしぼってちゃんと引き算をしたレポートが急に増えていい感じです。賞金総額1000万円なら、そりゃあこれくらいのレベルのレポートが集まってしかるべきですよね。

このペースだと最終的に150くらいのレポートは集まりそうに見えます。レポーターの上限を600人としていたことから考えるに、300くらいは集まると目論んでいたと思われますが、エントリーするためのハードルの高さを考えるとこんなものでしょう。

ただ、サポーターなる立場の一般人を募集してレポートを評価してもらうという試みは、なかなか厳しそうです。私も試しに評価してみようとしましたが、そもそも自分がどういう立ち位置で評価すればいいのかが分からず、はたと困ってしまいました。偉そうにレポートの出来の評価を語ってみたのですが、いまいち空気が読めていない感じですし、50文字の制限では大した批評もできません。また、とりあえず評価して送信してみても、きちんと送信できたのかどうかがよく分からず、やる気を失ってしまいました。

企画のねらい自体は悪くないと思います。最大の問題であるところの事前エントリーシステムをどうにかするというのと、今年集まったレポートを実際にあちこちで利用していく中で見えてくる効果的なレポートの方向性を来年の募集要項に落とし込んでいく作業が肝といったところでしょうか。

高知空港に着いた時点で、そこにこのコンテストの募集要項があって、その場でエントリーを思い立っても間に合うようなシステムにした方がいいと思うんですよね。

来年もこのコンテストが開催されて、まんさいのお客さんが生き生きとしたレポートを応募してくれるのが今から楽しみです♪

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2009年10月26日 (月)

加藤夏希が気の毒すぎる

zakzak 加藤夏希、女優生命どうなる?ドロドロスキャンダル

加藤夏希が元恋人で元マネージャーな人からお金を横領されて大変なんだそうです。

このブログでは、彼女の公式サイトがあまりにひどいという記事を2007年4月にアップしていたのですが、記事からすると、まさにそのマネージャーが担当していた時期ということになります。

過去記事:2007年4月11日「加藤夏希公式サイトがすごい」

恋人なんだったらもっと一生懸命仕事したら良さそうなものを、恋人だから手を抜くという発想だったのでしょうかね。

それにしても、公式サイトの仕事の粗さだけでただならぬ何かを感じ取った自分の嗅覚はなかなかのものだと我ながら思ってみたり。

林原めぐみファンとしてのガチっぷりといい、美しさといい、心から応援したいなと思っている女優さんです。今度こそ信頼できるパートナーと出会えることを願っています。

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2009年10月 5日 (月)

民放はアルコール依存症問題はNGだから

アルコールを飲まない日を、自分の意志で週に二日間連続してつくることが出来ますか?

アルコール依存症をチェックするための簡単なテストです。出来ない人は、アルコールの摂取を自分でコントロール出来ていないのですから、アルコール依存症の領域に足を踏み入れてしまっているわけです。

ちなみに、特に暴れたりしないというのは、アルコール依存症であるかどうかの判定にはまったく関係ありません。むしろ、最近は暴れないアルコール依存症患者の方が多数派です。ネクタイアル中なんて呼ばれています。

中川昭一元財務相の死因がアルコール依存症なのは間違いありません。直接の死因では無かったとしても、そもそものあの酩酊会見に至った原因はアルコール依存症だとしか考えられないですし。

でも、アルコール依存症の恐ろしさにスポットを当てる報道がされることはありません。一国の大臣経験者を死に至らしめる病、一国の大臣をしても大切な場面でアルコールを摂取させてしまう恐怖の病であるにも関わらずです。

理由はふたつあります。

まず、放送局や新聞、出版メディアにとって、飲料メーカーはこれ以上ないお得意様だからです。アルコール依存症問題を声高に論じることは、高額な広告費を払ってくれる飲料メーカーを怒らせてしまうのではないかと、テレビ局や出版社の中の人は腰が引けてしまいます。

つぎに、日本人はアルコール依存症をなめてかかる傾向があるからです。アルコール依存症なんて、心の弱い人がついついお酒を飲み過ぎるだけのことに大袈裟に病名をつけているだけだ、という認識の人がなんと多いことか!

このふたつがあいまって、アルコール依存症の恐ろしさがメディアで取り上げられることもないですし、そのことに違和感を持つ人もほとんどいないのです。

アルコール依存症問題がもっとスポットを当てられるべき事件が最近もう一つありました。福岡の警察官が、三年前に悲惨な飲酒運転が起きた節目の日に飲酒運転したという例の事件です。その後の捜査でアルコール依存症が原因だったと明らかになったにも関わらず、アルコール依存症の問題にスポットが当たることはありませんでした。

このような事件が起きるであろうことは予想していました。三年前の事件がきっかけで飲酒運転が厳罰化されたにも関わらず、いまだに飲酒運転をしてしまうなんて、少なからずアルコール依存症が関係していることは間違いないのです。飲酒運転とアルコール依存症はセットで考えるべき問題なのです。飲酒運転で捕まった人にアルコール依存症治療を受けさせるべきなのは自明の理なのです。

アメリカでは当然のようにアルコール依存症回復プログラムを受けさせられます。パリス・ヒルトンも飲酒運転したときにアルコール依存症リハビリテーション施設に入れられていました。

3年前の例の事件からしばらくして、フィギュア物語でこの問題を記事にしていたんですが、いまいち分かってもらえないんですよね。

2006年9月27日「アキバ村の交通安全週間」

ちなみに、中川さんは選挙の時に断酒するなんて話がありましたが、重度のアルコール依存症の治療方法は、そもそも断酒しかありません。節度をもってお酒を飲むなんていう選択肢は無いのです。その節度の回路が回復不能にぶっ壊れてしまうのがアルコール依存症という病気なのですから。一生一滴も飲まないか、飲みまくって死ぬかの二択なのです。

お酒が好きな方は、一生お酒といい付き合いをしていくためにも、週に二日の連続した休肝日を自分の意志で作れなくなってきたら、引き返せなくなる前に意識して酒のコントロールを取り戻した方がいいと思います。

あと、内科医はアルコール依存症を理解していない人も多いので、重度のアルコール依存症で肝臓がぶっ壊れた患者に対して、「お酒はほどほどに」なんて言う人がほとんどなのでご注意を。「ほどほどに」が出来たら、そもそも肝硬変にならないっつーの!

どうせ、これだけ言っても分かってもらえないんですけどね…。イスラム教で飲酒が禁忌であったり、アメリカに禁酒法という時代があったという事実の意味を、もうちょっと考えて欲しいのですが…。

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2009年7月11日 (土)

オナニーはひとりぼっちの共同作業と見つけたり!

「いかにもイマドキだなぁと思った変わりオナニー」を自分で改めて読み返しました。

この変わったオナニーに自分が感心した理由を考えてみることで、オナニーの本質が見えた気がしました。一言で表せば、

オナニーはひとりぼっちの共同作業と見つけたり!

オナニーは1人でやるからオナニーであり、2人でやったらペッティングかセックスです。でも、完全にひとりぼっちなオナニー、つまり、妄想にしろエロ本にしろAVにしろ、自分以外の他者の存在を完全に排除したオナニーというのは非常に難しいというか、つまらないものです。

むしろ、ひとりぼっちなはずの行為を、いかに共同作業風に仕立てあげるか、という部分にオナニーの真髄があると気付いたのです。

その進化の王道は物量作戦です。外部から調達する情報量を増やすことで、架空パートナーのイメージを強化していく、春画→エロ本→AVという歴史です。

しかし、世界に名だたる変態民族としては、オナニーにもわび・さびの美意識を持ち込みたくなるのです。

例えば、かの有名な「利き手じゃない方でやってみる」という手法を初めて聞いたとき、単なる物量作戦とは一線を画した美しさを感じた方も多いのではないでしょうか。

それと同じ美しさを、私はケータイメールオナニーに感じたわけです。

ひとりぼっちの空間で、他者をどこに見出すか?

そこで「左手」と答えた先達も見事なら、「あの子に届きかねないメール」と答えたケータイ世代も見事で、そこにわび・さびまで感じる私は決しておかしくないですよね?

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2009年7月 6日 (月)

著作権関係でセコくてうまい詐欺を見た

「あなたの作品の著作権を登録することで、あなたのアイデアを守りましょう!手続きは代行しますよ!」

と誰かから言われたら、その人は詐欺師です。この言葉の何が詐欺なのか分からない方は、この記事を最後まで読んだ方がいいと思います。

中小企業の経営者や個人事業主の集まりに、ネットやら法律やら色々と詳しい先生という立場で参加した時のことでした。手先が器用なのを何とかビジネスに結びつけたいというおばさんが、彼女が考案したというちょっとしたアイデア小物を手に話しかけてきたのです。

要約すると、そのアイデア小物がビジネスとして成功するかどうか率直な感想を聞かせてくれとのことでした。そのアイデアは、正直言ってアイデアと呼ぶのもはばかられるレベルでしたし、何より誰でも簡単にマネして同等品をつくることが出来るものでした。私はそのことを言葉を選びながら答えたのでした。

すると、彼女もその問題点は分かっているというのです。なんでも、知り合いの息子さんで著作権関係の仕事をしている人に相談したところ、

「アイデアを模倣から守るために実用新案か特許を申請したいところだが、この程度のアイデアでは無理だ。だから、このアイデア小物の『説明文』についての『著作権』を登録しよう。私がその手続きを格安で代行してあげる。そうすれば間接的にあなたのアイデアは守られる。」

と言われたというのです。

そこまで聞いた時点で私には詐欺としか思えなかったものの、知り合いの息子さんに持ちかけられたのならばと、出来る限り好意的に解釈する方向性で相談にのったのでした。

「著作権というものは特許や実用新案と違って、登録のための手続きなどは特に必要ないはずです。何かの勘違いじゃないですか?」

「いや、間違いない。手数料を1万円ほど払ったところ、ちゃんと登録番号の書かれた立派な証書のようなものが送られてきた。文化庁にきちんと登録した会社だと言っていた。」

「うーん…。もしかしたら、著作権『登録』ではなくて、著作権『管理』のことなのかもしれませんね。
JASRACのように、著作権使用料の徴収などを代行してくれる会社とかなんですかね?
その便宜上の管理番号が書かれた紙を送ってきただけとか?
文化庁が云々というのも、そういえばJASRACの寡占を防ぐために著作権管理団体を新しく届け出制にするとか言っていましたし。
ただ、あなたの説明文の著作権を管理したところで、あなたのアイデア小物を模倣から守ることにはほとんど何の効力もないので、どんなに好意的に解釈しても、限りなく詐欺に近いと言わざるを得ないですね…。」

「ああ、そうですか…。はぁ…。ありがとうございます…。」

彼女のアイデア小物がパクられる心配なんて、そもそもほとんど無いのだから、そのまま放っておくのも手かなとは思いましたが、何というかだましの手口が微妙に良くできていることに腹が立ってしまって、真実をそのまま口にしてしまったのでした。

帰って調べてみたところ、闇は思っていた以上に深いというかセコいというか…。

知的所有権協会という公益法人風の名前の株式会社が中心になってやらかしています。

知的所有権協会

そもそも著作権については、日本を始めほとんどの国は「無方式主義」を採用していて、著作物を創作した時点で自動的に著作権が発生するということになっているのです。登録なんてしなくても最初から著作権は発生しているのです。

知的所有権協会のセコいところは、著作権が「発生したことを一緒になって確認してあげる」ことを、「登録」と表現しているとちゃんと書いていて、完全なウソをついてしまうことを微妙に逃れているところです。ウソではないんです。ただ、何の役にも立たないというだけです。そして、著作権もちゃんと発生しているのです。何もしなくても自動的に発生するので当然ですが…。そして、登録料が非常に安いというか、だまし取られたところで何とも言いようのない微妙な額に設定してあるのが、これまたセコいというかうまいというか…。

更には、「著作権管理士」なる公的資格風の民間資格を自分たちで勝手にでっちあげて、それになるためのハウツー本まで出版しているという、絵に描いたようなサムライ商法まで合わせ技でやっているのです。

知的所有権協会のせいで自分たちの領域を荒らされまくっている日本弁理士会が、何とかとっちめてやろうと裁判などを起こしてきた歴史があるようです。

日本弁理士会「民間業者の『知的所有権(著作権)登録』の勧誘にご注意!

日本弁理士会の書き方を見ていると、この悪徳商法の被害者は、意味のない登録をお金を払ってした人よりも、その意味のない登録をふりかざして「お前の会社の○○という製品は私のアイデアのパクリだ!著作権も登録してあるんだ!権利侵害だ!内容証明郵便を送りつけたから覚悟しろ!」みたいなことを言ってくる困ったさんにつきあわされる企業の方がかわいそうっぽいです。

いやはや何というか、色々と哀愁漂うセコい詐欺の現場に立ち会ってしまった話でした。

※7月7日追記
文化庁は正式な著作権登録制度を設けているんですね。知らなかったです。それにともなって、記事冒頭の表現を修正しました。無方式主義なので特に登録しなくても著作権は発生するけど、著作権を譲渡する場合の取引の安全とかを守るために設けているようです。

文化庁 著作権の登録制度について

うーん…、これは紛らわしすぎる(;^ω^)
文化庁も、知的所有権協会の息の根をきちんと止めておかないと、色々と勘違いした人がたくさん湧いてきて大変でしょうに…。

はてな匿名ダイアリーに転載しておいたところ、コメント覧でこの制度について教えてもらった次第です。文章を広く公開して意見を募ると、色々と深めてもらえていいですね♪

はてなブックマーク 著作権関係でセコくてうまい詐欺を見た

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2009年7月 2日 (木)

「家」について改めて考えてみた その6

「"家"について改めて考えてみた その1」からのシリーズです。

●「たわけ者」になりたくない私の気持ちを弟は知らず

家について考えていると、どこかで親の介護という問題とぶつかります。その点、私はとてもラッキーです。実家にちょっとした資産がある上に、適度に根性無しの弟がいるのです。

私は弟に、

「プラスの遺産もマイナスの遺産も含めて、弟よ!まかせたぞ!」

と常々言っています。実家の資産を基本的にそのままお前に渡すから、親の介護とか墓守とかお願いね!つまり、いわゆる家督的なものはのしをつけて弟にプレゼント♪というわけです。これが一番合理的なやり方で、介護にまつわる諸々の問題はだいだいこれで大丈夫なはずだと思っています。いや、願っています。

私は三人兄弟の長男で、年子の弟と、4歳下の妹がいます。まったく似ていない兄弟で、私と妹は根性のかたまりみたいな人間である一方、弟はまことに適度に根性無しなのです。そして、弟だけが地元に住んでいるのです。

どれくらい適度に根性無しかというと、とある事情で私の大学進学を機に一緒に上京して東京の定時制高校に編入し、なんとか卒業後に専門学校に入学したものの梅雨の鬱陶しさに負けて早々に行かなくなって、実家に帰ってプラプラしていたら、どういうわけか出来ちゃった結婚し、でもそうなったらそうなったで、親戚の店で働かせてもらうようになって、何だかんだありながらもマジメに働いていて、あまりの安月給に一度は逃げ出して別の勤め口を求めたものの、定時制高校卒で根性無しな弟がありつけるのはブラックな仕事に決まっていて、それなら親戚の店で安月給で働いた方がマシだと、どの面下げて詫びを入れたのか知りませんが、また親戚の店に舞い戻ってマジメに働いている感じです。

じつに絶妙な根性無しぶりなのです。完全なダメ人間ではなくて、地縁血縁ブースターがあれば、それなりに一人前の人間として機能するというあたりが絶妙です。嫁さんが非常にしっかりしていることもあって、二人目の子どもまでもうけて一生懸命育てていて、すぐ近所の実家にも孫の顔を見せに毎週のように帰っているあたり、何ともありがたい限りです。

今のところ親からの金銭的な援助などは受けておらず、自分たちで家賃を払って家を借りて生活しているあたりも、それなりのプライドは持ち合わせているようで大したものです。ただし、彼の収入がこれから大きくアップすることはどう考えても難しく、一方で育児にかかる金額は跳ね上がっていく中で、このままでは近いうちに破綻することが目に見えています。

彼として選びうる最良の選択肢は、祖父が亡くなった後は実家で両親と同居し、食費などの名目で両親から適切な額の金銭援助を受け取る生活に切り替えることでしょう。両親がそうだったように。

となると、彼にとって頭が痛いのは、私や妹の相続権ということになります。ここで骨肉の争いを繰り広げるようなことになれば、使い勝手の悪い形に分割された土地建物や、微妙な額の金融資産を兄弟で分割することになり、それで一番困るのは弟です。

そこまで考えた上で、私は優しい兄として

「プラスの遺産もマイナスの遺産も含めて、弟よ!まかせたぞ!」

と言っているのですが、愛すべき絶妙な根性無しの弟は、

「そんなことを言って、アニキはずるい!」

などとほざくのです。

田舎の巣を飛び立って、自分の翼で自分の空を切り開いて出ていってくれるアニキのありがたさを、お前は本当に分からないのか?ってなものです。根性のかたまりみたいな長男が帰ってきてしまったら、お前の立ち位置がどれだけ微妙になるか分かっているのか?ってなものです。親の介護もみんなで平等になんて、やってやれないことはないけれど、そうなったら遺産もきれいに分割ってことにしないと、さすがにうちの妻を説得できないよってことです。

その昔、遺産相続が基本的に長男総取りシステムになっていたのは、資産というものは分割すると価値が一気に目減りするからでした。「たわけ者」の語源が、田畑を分割相続する愚かさを戒めた言葉「田分け者」であることは有名です。

そんなたわけ者になりたくない私の思いを弟は理解できないようですが、しっかりものの弟嫁は、うちの両親と積極的に濃密な関係を構築しようとしているあたり、私が考えるプランを既定路線としているように思えて頼もしい限りです。

いやはや、「総領の甚六」ということわざが、なんとも良くできた言葉であることよと感動しています。うちの場合は、たまたま長男の私が開拓者気質で、次男がおっとりした世間知らずの甚六だったに過ぎません。

田舎の親戚ネットワークの中で、先祖代々の遺産をいかに維持するかという世界で生きていくためには、甚六と笑われるくらいのおっとりとした気質であった方が好ましいのです。

これで長男の私までが正しく甚六気質だったらと思うとぞっとします。確実にみんな共倒れです。

というか、その昔の長男長女の育てられ方と同じ程度には、イマドキの次男次女も大切に育てられているわけで、当然今の長男長女も過保護に育てられているわけで、なおかつ、遺産は兄弟で平等に分割が基本ルールなわけで、となると、甚六気質なのに中途半端な遺産しか受け継げない人が大量生産されていることになります。

右肩上がりの時代は、受け継ぐべき資産が世代ごとに増えていたから良かったのでしょうが、これからの時代はそうもいきません。

なんとも、「平等」って言葉は罪作りですね…。

「平等」という言葉が自分の首を絞めることに、我が弟が早く気付いてくれることを祈っています。

「子育て向きの住宅が賃貸市場に増えてくる希望」に続きます。

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2009年6月21日 (日)

「家」について改めて考えてみた その5

「"家"について改めて考えてみた その1」からのシリーズです。

●農村の"家"が成立していたワケは三世代家族と家業としての農業

最近、宮尾登美子の自伝的小説を読んでいます。大正15年生まれの彼女の半生をふり返って驚いたのが、昭和初期の高知市にニートがいっぱいいたことでした。

彼女の父親は高知市で芸妓娼妓紹介業、いわゆる女衒として成り上がった人物でした。彼女は娘時代を高知市中心部の市街地で過ごします。彼女には腹違いの兄が二人いて、一番上の兄は結核でずっと病の床に伏せっていました。二番目の兄は高知で一番の旧制中学に進学したにもかかわらず、色々と悪い遊びを覚えて退学処分になって長いことぶらぶらと遊び暮らしていました。他にもたくさんの人物が登場するのですが、いわゆる定職に就いていない人がかなりの割合を占めるのです。

もうひとつ驚いたのが、太平洋戦争当時の日本人はみんないっしょくたに「昔の日本人」として似たような価値観で生きていたと思いこんでいたのに、都市部育ちの宮尾登美子が農村に嫁いで、あまりの価値観の違いに猛烈に苦しんでいたという事実でした。その葛藤をテーマに「仁淀川」という小説を一本書いてしまったほどです。

この二つの驚きによって、"家"について自分が大きな勘違いをしていたことに気付いたのです。

昔の農村の価値観
=昔の日本人"みんな"の価値観
=普遍性の非常に高い価値観


という勘違いです。

昔の農村の価値観とはすなわち、いつまでも変わらずそこにある丈夫な家に家族みんなで住み続け、代々長男を中心に農業に励んで、毎年同じような日々が同じように訪れることが最大の喜びであるというものです。

たしかに、太平洋戦争当時は国民の半分が農家だったわけで、圧倒的多数が農村の価値観で生きていました。そして、高度経済成長の時代に農家の次男坊三男坊が都市部へと進出していく中で、彼らは農村の価値観を中途半端に都市部に持ち込んでしまったわけです。そこに咲いたあだ花が「マイホーム信仰」であり、私やみんなを勘違いさせてしまっているのだと思うのです。

"家"という存在こそが、家族みんなのいつまでも変わらない楽しい日々を約束してくれる
という勘違いです。

たしかにそれは、農村においてある時代まで真理だったのかもしれません。

しかし、そこについてまわる前提条件を忘れてはいけないのです。

まず、三世代同居でなければ成立しないのです。循環する時間こそが幸せなのですから、一つの家の中で、生命が誕生し、育ち、結婚し、介護し、老いて、介護され、死んで行くというサイクルが延々と繰り返されてはじめて輪はつながるのです。そこでは常に子育ても介護も同時進行されているわけですから、家に求める機能もぐるぐると世代交代するに過ぎず、家に求める条件は結局ずっと変わらないわけです。

そして、家屋の造りは、シンプルだけど、だからこそ長持ちするというものである必要があります。何年も何年も変わることなくみんなが住み続けるためです。骨組みだけは木造のしっかりとしたものがあり、壁や屋根や床については、ふすまや障子や茅葺きや畳といった定期的なメンテナンスを前提としたものでなければいけません。メンテナンスは必要だけれど、だからこそ、日本の風土とうまく折り合いをつけて、百年を超える建物としての寿命が成立するわけです。

ちなみに、木や紙といったいわゆる旧建材で造られた機密性の低い家に三世代が同居していたわけですから、夫婦の営みは色々と大変だったようです。高知の農村のおばあちゃんに聞いたところによると、おばあちゃんの若い頃は林業も兼業している農家が多かったので、植林に行ったついでに山で子作りしていたそうです。

そして最後に何と言っても、継ぐべき家業があることです。生きていくためには仕事が必要ですが、住むべき家の近くに就くべき仕事があるなんて、そんな都合のいい話はそうそうあるわけがないのです。その点、農家の場合は農業という立派な家業があるんですよね。

宮尾登美子の自伝的小説によると、都市生活者だった宮尾さん一家の場合、放蕩していた兄は、芸妓娼妓紹介業という家業を手伝うことに結局落ち着き、その他のぶらぶらしていた若い衆達は、あるタイミングで定職に就こうと仕事を探した末、みんな高知を離れてしまいます。そもそもが、都市生活者にとって家は転々と渡り歩くものであって、宮尾さん一家も何回も引っ越す様子が描かれています。

こうして考えてみると、農村の価値観は、"家"というものの永続性を保つためには本当に良くできているなぁと思います。

だからこそ、農家の次男坊三男坊達は、都市部に進出してきてなお、自分たちが生まれ育った"家"によく似たものをつくって初めて一人前であると思いこみ、「何としてでもマイホームを!」という信仰が生まれてしまったのでしょう。

そしてそれが、歴史のイタズラで昭和の間は都市部においてもそれなりに機能してしまったことが、問題をこじらせたのだと思います。

三世代同居が都市部でも成立していた頃はまだ良かったでしょう。

旧建材を使ってメンテナンス前提だけど長持ちする日本家屋が建てられていた頃はまだ良かったでしょう。

高度経済成長期でそこら中に仕事が溢れていた頃はまだ良かったでしょう。

しかし、時代はすっかり変わってしまいました。核家族が基本で、新建材の家屋やマンションがほとんどで、定職に就くことが非常に難しい時代です。

いや、時代が変わったのはもちろんとして、そもそも大正生まれの宮尾登美子が、当時、都市部から嫁いできて農村の価値観に耐えられず離婚にまで至ってしまっているわけです。

たしかに、江戸時代から昭和まで日本の農村において延々と続いてきた良くできた価値観だったのかもしれませんが、そこに色んな影の部分があったのはもちろんとして、そもそもの前提がまったく違う現代の都市部においても成立するほどの普遍性があるわけがないのです。

そんなことを考えていると、現代のニートというのは、マイホーム信仰が生み出したようにも思えてきます。家業もないくせにマイホームなんて建てちゃって、そこにずっと住んでてイイよなんてなったら、そりゃあ仕事にあぶれて自宅警備員になってしまう子どもがいっぱい出てくるってものです。当時の農家の場合は、農業を継ぐ長男以外は強制的に家を放り出されて新天地を求めるしかなかったわけですし、都市生活者の場合は、新しく仕事を求めるとなったら、やっぱり新しい土地に行くことを考えなきゃいけなかったわけですから。

永続性なんてどう考えても成立しない"家"が、まるで永続性があるかのようにそこに存在することが、色んなことをいびつにしてしまっているのだと思うのです。

「"たわけ者"になりたくない私の気持ちを弟は知らず」に続きます。

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↑たまたま書きたいテーマとかぶっていたので、試しに参加してみました。

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2009年5月28日 (木)

ライフワークバランスとワークライフバランス

前回に引き続きレビューブログ実験です。無料サンプル、ブログライター、ブログで口コミプロモーションならレビューブログ

今回のお題は

恋人や結婚相手に求める仕事と家庭のバランスは?

だそうです。

大学時代のクラスの友人でメーリングリストを運営していて、仕事と家庭のバランスについての投稿が最近多いです。特に女性から。みんな30代になって色々と考えるところがあるみたいです。子どもが生まれた人も多いし。

仕事と家庭のちょうどいいバランス=「黄金比率」って、人によって違うのはもちろんですが、国によってそもそもの考え方が違うようです。

というのは、大学時代のクラスの友人のうちのけっこうな人数が外国で働いていて、投稿の内容に働いている国の文化の影響がもろに出るのです。

特に分かりやすかったのが、オランダで働いている女性の投稿でした。ライフワークバランス」とさらりと書いてあったのです。日本だと普通は「ワークライフバランス」ですよね?

ああ、ライフの方が先に来るんだ、でもよく考えたらそりゃそうだよね。

と妙に感心した覚えがあります。オランダの人が必ずそういう言い方をするのかどうかは知りませんが。

あと、外資系の金融関係の会社に行って、何だかんだで今はアメリカで働いている女性が、

「日本人でも個人でビザをスポンサーできるようにして、東南アジアからベビーシッターをフルタイムで安く雇えるようにすればいいのに」

みたいなことを書いていて、私からすると異次元な発想に心底驚いたのを覚えています。

日本の高知のコンビニで黄金比率プリンが売ってないか探している私の生活からは、その発想は出てきません。

本当にいろんな考え方があるので、みんなそれぞれ柔軟に考えればいいと思います。仕事と家庭の黄金比率なんて、国それぞれ、人それぞれです。

「仕事はあくまで手段に過ぎない、目的ではない」

という大原則さえ忘れなければ、それでいいのです。

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2009年5月25日 (月)

土佐の女性の飲みっぷりと食べっぷり

レビューブログなるサービスを見つけたので試しに参加してみました。無料サンプル、ブログライター、ブログで口コミプロモーションならレビューブログ

レビューを書くことによって換金できるポイントがもらえるという仕組みのようですが、条件を満たした記事を書けば必ずポイントがもらえるというわけではなくて、抽選制だったり先着制だったりと書いてあってイマイチよく分かりません。

会員登録してみて、どのようなレビュー依頼が並んでいるのかと思ったら、森永乳業からの黄金比率プリンなるもののレビュー依頼が一つだけ…。

しかも、プリンを食べての感想どうこうではなくて、「黄金比率」にちなんだ様々なお題について何かしら書けとのこと。

で、どんなプリンなのかというと、

人気のプリン6品を4つの点から科学的に分析

*硬さの指標
プリンを口に入れた瞬間の硬さの傾向

*なめらかさの指標
食べたときに舌で感じる硬さの傾向

*口どけの指標
口の中の温度で解けていく傾向

*生クリームと卵黄
生クリームと卵黄の比率

『黄金比率プリン』は科学的な分析データを用いてその傾向値を割り出し、生クリームと卵黄の絶妙なバランスを見出したプリンです。
人が最も美しいと感じる不思議な比率のことを黄金比というように、人が美しいと感じるバランスという意味合いを込め、『黄金比率プリン』と命名いたしました。

という感じらしいです。

そういえば同じようなコンセプトの商品が昔あったのを思い出しました。「延べ151万票獲得プロジェクトカレーパン」というのがあって、みんなから集めた意見の最大公約数でつくったカレーパンです。当然、いたって平凡な味になったという…。

コンビニグルメ好きとしては黄金比率プリンなるものはちゃんと食べてみてからレビューするとして、とりあえず指定されたお題に答えてどうなるのか見てみようと思います。

ということで今回のお題は、

あなたが思う、合コンの男女の支払いのバランスは 何:何?

とのこと。

合コンとなるとやっぱり男性陣の払いを多くするべきだと思いますが、これは男性の見栄だけの問題ではなく、男性の方が飲み食いする量も多いのだから当然です。

そう、高知県以外では…

高知の女性の飲みっぷりは凄まじいですよ!飲む量は基本的に男性とほとんど同じです。

そして、食べる量もハンパではないです。

飲むために食べるのです。

高知ではいきなりご飯ものが出てくるのが普通です。サバの姿寿司などが多いでしょうか。普通はシメに食べるようなお腹がはる系の食べ物を最初からがっつきます。

空きっ腹だと量を飲めないからです。

高知は酒飲みだらけの県というイメージがありますが、実際に住んでみたら想像を超えていました。酒を飲むことにかける執念が凄まじいです。

特にびっくりしたのが、50代くらいのおばちゃんだけのグループが夜の街を飲み歩いている光景でした。私の故郷や東京や大阪では、そもそも普通のおばちゃんが夜の街で飲み歩いている様子が珍しくって、いたとしてもおばちゃん「も」含むグループで飲んでいるのが普通でした。だけど高知は、おばちゃん「だけ」のグループが夜の街で飲み歩いているのをけっこう見かけるのです。

酒を飲むことに対して寛容な文化と言うか、男だけでなく女も、夜だけでなく昼も、みんなお酒を飲んでハッピーになろうぜ!という文化なのです。ひろめ市場という高知市中心部の屋台村では、昼間っから酒を飲んでいるおっちゃんやおばちゃんだらけです。この前は、女学校時代の仲間とかいう60代後半くらいのおばちゃん四人組が楽しそうに飲んでいて、何とも異次元な光景でした。

ということで、他県なら支払いの男女比は7:3くらいでいいと思うのですが、高知県だけは7:5くらいが適切だと思います。

ただし、飲み会が1次会で終わることは高知ではめったに無くて、2次会以降の支払いをどうするかという問題も発生するわけですが、もうそのころにはみんな記憶もあいまいで適当にやっている感じです。

高知の飲み会はネバーエンディングっぷりも凄まじいのです。例えば結婚式は、高知県西部の幡多地方が特にすごいらしく、新郎新婦入場の前にウェルカムドリンクとかいうレベルではなく本気で飲みまくっていて、完全に出来上がった状態で新郎新婦を迎え、当然その後も飲みまくります。披露宴後、若者達はまずは新郎側、新婦側別々に分かれて二次会をやり、更に飲みまくった後、男女合流して三次会に突入です。その間、大人達は両家で延々と飲み続けており、三次会を終えた若者の一部が途中から合流というシステムだとのこと。

どんだけ飲むんだよ!

もっとも、飲めない人に無理矢理飲ませるという文化はあまり無いので、飲めない人も大丈夫です。他人に飲ませるよりも、とにかくみんな自分が飲みたい人ばかりなので。

私は基本的にお酒は得意ではないので飲まなければいいのですが、まわりがあまりにすさまじいので、ついつられて飲み過ぎてしまいます。飲み会でちょうどいい量を飲んだ時は、帰りにコンビニでそれこそ黄金比率プリンのようなデザートを買って、太ると思いつつも寝る前に食べてしまうのが至福の時なのですが、飲み過ぎてしまった時はそんな余裕はありません。ふらふらになりながら何とか家に帰り着き、ふとんにバタンキューです。

更に酷いときは、気持ち悪くてトイレにこもることになります。特にご飯を食べ過ぎたときは、胃のもたれとアルコールの相乗効果で大変なことに…。かといって食べないで飲むと、これまた気分が悪くなりますし。

ということで、支払いの黄金比率よりも、宴会で酒を飲む量と飯を食べる量との黄金比率の方が知りたい私でした。

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西土佐で四万十川の天然うなぎを食べてきた

我々の道しるべとなる次の価値観のヒントは農村の中にあるのではないかというのが、最近の私にとってのホットな考え方です。面倒くさいからと私たちは農村のしがらみを捨ててきましたが、ちょいとばかし捨てすぎたのではないかという感じです。でも、捨ててきたものがたしかに面倒くさかったことは間違いないわけで、そのあたりのうまい落としどころがないものかと考えているのです。

だったら農村に行ってみようということで、週末に高知県西部四万十市の西土佐に行ってきました。愛媛県との県境、四国山地の稜線がすぐ近くに見えます。空が近いです。

つい最近、この棚田の持ち主と意気投合して、遊びに来るように誘われていたのです。まさに渡りに舟!

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そうしたら、ちょうど四万十川でとれた天然うなぎが手にはいるというではありませんか!とりあえずは、その天然うなぎを見せてもらいに市場へ。

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以前にも書きましたが、高知県に住んでいても、四万十産の天然うなぎが手に入ることなんてめったにありません。

過去記事「四万十うなぎはクソまずい」

高知に住んで5年目、仕事だけではなく色々なボランティア活動などで自分なりに高知に尽くし続けてきて、やっとたどりついた人脈、そしてうなぎです。

昼間は田んぼのお手伝いで、田んぼの畦とりなどをやらせてもらいました。

そして、いよいよ夜の宴会の時間です!

まずはうなぎの肝の塩炒め!うなぎの肝といえば肝吸いですが、贅沢なことに100匹分近くストックしてあったうなぎの肝を贅沢に炒めて天日塩だけで味付けしていただきます!

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これがふわっふわ!やわらかいのなんの!うまみがギュッとつまっていて、おいしい!これをまともにお金出して買おうとしたらいくらになるのか気が遠くなります…。ビバ!お友達!

そしていよいようなぎを炭火で焼きます!天然うなぎの大きな特徴は、焼くとぐんぐん縮んでしまうことだそうです。

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あっという間にこんなに縮んでしまいました。

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長さが縮んだ分だどこにいくかというと、厚さにいくのです。

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どんどん短く、厚くなっていきます。お店などで串を打つのは、この縮みを防止する意味合いもあるようです。たしかに、あんまり縮んでしまうと見栄えのボリューム感が無くなってしまいます。でも、今夜はひたすらおいしさを追究するので串なんていりません。

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表面にぷつぷつと脂がういてきます。

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こまめに裏返して、脂が落ちてしまうのを防いで、うまみを身に閉じこめてしまいます!

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焼きたてを、切り口を潰してしまわないように出刃包丁で一気に叩き切って、白焼きでわさびをたっぷりのせていただきます!写真は肝も一緒にはさんでみたバージョンですが、肝は別に食べた方がいいと思いました。

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口に含むと一瞬泥臭さが広がりますが、噛むとうまみたっぷりのあぶらが一気にあふれ出て口の中に広がります。限界まで短く厚くふくらんだ身は、うまみが凝縮されてふわふわです。一方で、炭火でこんがり焼き上がった皮がパリパリとした食感と、身とはまた違ったうまみを添えてくれて、そこをわさびがピリッとひきしめてくれて、うまい!

これはシアワセ!

そして鮎までありました!

天然鮎独特の匂いをかがせてくれるというので鼻を近づけてみると、なるほどすいかの匂いがします。冷凍鮎を解凍したものですが、生臭さはまったく無かったです。

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こちらは串をうって、天日塩で塩焼きに。

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こんなに立派な鮎は、四万十川でもなかなかお目にかかれません。

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私は普段ははらわたは食べないのですが、この鮎ははらわたまできれいに食べてしまいました。上品な味を天日塩がひきたてておいしかったです。

さらにさらに、四万十川名物の手長エビをむき身にして、これまた塩炒めで食べちゃいました!

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手長エビはその名の通り手の長い川エビで、ふつうはそのまま唐揚げにして食べます。その見た目も含めての名物なので、観光客向けにはこれがベストな料理法だとされています。でも、今回は地元民でひたすらうまさを追い求める会なので、こんな贅沢な食べ方をしてしまうわけです。

まるで貝を食べているような、小さな身にうまみがぎっしりとつまった味わいで、これまた絶品でした。

いやはや、ビバ!お友達!

こちらが誠意を尽くして、気があって、仲良くなればここまでもてなしてくれるというこのスタイルこそが、農村の人間関係のあり方なのです。

農作業や宴会をしながら、色々なことを教えてもらうことが出来ました。非常に参考になることだらけでした。たくさんのヒントがもらえました。本当に行って良かったです。

「また来ます!」と固い握手をして帰ってきたのでした。最高のタイミングで最高の友達にめぐりあえました。これは本当に心強いです。

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