「家」について改めて考えてみた その6
「"家"について改めて考えてみた その1」からのシリーズです。
●「たわけ者」になりたくない私の気持ちを弟は知らず
家について考えていると、どこかで親の介護という問題とぶつかります。その点、私はとてもラッキーです。実家にちょっとした資産がある上に、適度に根性無しの弟がいるのです。
私は弟に、
「プラスの遺産もマイナスの遺産も含めて、弟よ!まかせたぞ!」
と常々言っています。実家の資産を基本的にそのままお前に渡すから、親の介護とか墓守とかお願いね!つまり、いわゆる家督的なものはのしをつけて弟にプレゼント♪というわけです。これが一番合理的なやり方で、介護にまつわる諸々の問題はだいだいこれで大丈夫なはずだと思っています。いや、願っています。
私は三人兄弟の長男で、年子の弟と、4歳下の妹がいます。まったく似ていない兄弟で、私と妹は根性のかたまりみたいな人間である一方、弟はまことに適度に根性無しなのです。そして、弟だけが地元に住んでいるのです。
どれくらい適度に根性無しかというと、とある事情で私の大学進学を機に一緒に上京して東京の定時制高校に編入し、なんとか卒業後に専門学校に入学したものの梅雨の鬱陶しさに負けて早々に行かなくなって、実家に帰ってプラプラしていたら、どういうわけか出来ちゃった結婚し、でもそうなったらそうなったで、親戚の店で働かせてもらうようになって、何だかんだありながらもマジメに働いていて、あまりの安月給に一度は逃げ出して別の勤め口を求めたものの、定時制高校卒で根性無しな弟がありつけるのはブラックな仕事に決まっていて、それなら親戚の店で安月給で働いた方がマシだと、どの面下げて詫びを入れたのか知りませんが、また親戚の店に舞い戻ってマジメに働いている感じです。
じつに絶妙な根性無しぶりなのです。完全なダメ人間ではなくて、地縁血縁ブースターがあれば、それなりに一人前の人間として機能するというあたりが絶妙です。嫁さんが非常にしっかりしていることもあって、二人目の子どもまでもうけて一生懸命育てていて、すぐ近所の実家にも孫の顔を見せに毎週のように帰っているあたり、何ともありがたい限りです。
今のところ親からの金銭的な援助などは受けておらず、自分たちで家賃を払って家を借りて生活しているあたりも、それなりのプライドは持ち合わせているようで大したものです。ただし、彼の収入がこれから大きくアップすることはどう考えても難しく、一方で育児にかかる金額は跳ね上がっていく中で、このままでは近いうちに破綻することが目に見えています。
彼として選びうる最良の選択肢は、祖父が亡くなった後は実家で両親と同居し、食費などの名目で両親から適切な額の金銭援助を受け取る生活に切り替えることでしょう。両親がそうだったように。
となると、彼にとって頭が痛いのは、私や妹の相続権ということになります。ここで骨肉の争いを繰り広げるようなことになれば、使い勝手の悪い形に分割された土地建物や、微妙な額の金融資産を兄弟で分割することになり、それで一番困るのは弟です。
そこまで考えた上で、私は優しい兄として
「プラスの遺産もマイナスの遺産も含めて、弟よ!まかせたぞ!」
と言っているのですが、愛すべき絶妙な根性無しの弟は、
「そんなことを言って、アニキはずるい!」
などとほざくのです。
田舎の巣を飛び立って、自分の翼で自分の空を切り開いて出ていってくれるアニキのありがたさを、お前は本当に分からないのか?ってなものです。根性のかたまりみたいな長男が帰ってきてしまったら、お前の立ち位置がどれだけ微妙になるか分かっているのか?ってなものです。親の介護もみんなで平等になんて、やってやれないことはないけれど、そうなったら遺産もきれいに分割ってことにしないと、さすがにうちの妻を説得できないよってことです。
その昔、遺産相続が基本的に長男総取りシステムになっていたのは、資産というものは分割すると価値が一気に目減りするからでした。「たわけ者」の語源が、田畑を分割相続する愚かさを戒めた言葉「田分け者」であることは有名です。
そんなたわけ者になりたくない私の思いを弟は理解できないようですが、しっかりものの弟嫁は、うちの両親と積極的に濃密な関係を構築しようとしているあたり、私が考えるプランを既定路線としているように思えて頼もしい限りです。
いやはや、「総領の甚六」ということわざが、なんとも良くできた言葉であることよと感動しています。うちの場合は、たまたま長男の私が開拓者気質で、次男がおっとりした世間知らずの甚六だったに過ぎません。
田舎の親戚ネットワークの中で、先祖代々の遺産をいかに維持するかという世界で生きていくためには、甚六と笑われるくらいのおっとりとした気質であった方が好ましいのです。
これで長男の私までが正しく甚六気質だったらと思うとぞっとします。確実にみんな共倒れです。
というか、その昔の長男長女の育てられ方と同じ程度には、イマドキの次男次女も大切に育てられているわけで、当然今の長男長女も過保護に育てられているわけで、なおかつ、遺産は兄弟で平等に分割が基本ルールなわけで、となると、甚六気質なのに中途半端な遺産しか受け継げない人が大量生産されていることになります。
右肩上がりの時代は、受け継ぐべき資産が世代ごとに増えていたから良かったのでしょうが、これからの時代はそうもいきません。
なんとも、「平等」って言葉は罪作りですね…。
「平等」という言葉が自分の首を絞めることに、我が弟が早く気付いてくれることを祈っています。
「子育て向きの住宅が賃貸市場に増えてくる希望」に続きます。
←ブログランキングに参加しています。クリックすると10ポイント加算されて、私のやる気がチャージされます。ご協力よろしくお願いします<(_ _)>
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)

最近のコメント