「"家"について改めて考えてみた その1」からのシリーズです。
●農村の"家"が成立していたワケは三世代家族と家業としての農業
最近、宮尾登美子の自伝的小説を読んでいます。大正15年生まれの彼女の半生をふり返って驚いたのが、昭和初期の高知市にニートがいっぱいいたことでした。
彼女の父親は高知市で芸妓娼妓紹介業、いわゆる女衒として成り上がった人物でした。彼女は娘時代を高知市中心部の市街地で過ごします。彼女には腹違いの兄が二人いて、一番上の兄は結核でずっと病の床に伏せっていました。二番目の兄は高知で一番の旧制中学に進学したにもかかわらず、色々と悪い遊びを覚えて退学処分になって長いことぶらぶらと遊び暮らしていました。他にもたくさんの人物が登場するのですが、いわゆる定職に就いていない人がかなりの割合を占めるのです。
もうひとつ驚いたのが、太平洋戦争当時の日本人はみんないっしょくたに「昔の日本人」として似たような価値観で生きていたと思いこんでいたのに、都市部育ちの宮尾登美子が農村に嫁いで、あまりの価値観の違いに猛烈に苦しんでいたという事実でした。その葛藤をテーマに「仁淀川」という小説を一本書いてしまったほどです。
この二つの驚きによって、"家"について自分が大きな勘違いをしていたことに気付いたのです。
昔の農村の価値観
=昔の日本人"みんな"の価値観
=普遍性の非常に高い価値観
という勘違いです。
昔の農村の価値観とはすなわち、いつまでも変わらずそこにある丈夫な家に家族みんなで住み続け、代々長男を中心に農業に励んで、毎年同じような日々が同じように訪れることが最大の喜びであるというものです。
たしかに、太平洋戦争当時は国民の半分が農家だったわけで、圧倒的多数が農村の価値観で生きていました。そして、高度経済成長の時代に農家の次男坊三男坊が都市部へと進出していく中で、彼らは農村の価値観を中途半端に都市部に持ち込んでしまったわけです。そこに咲いたあだ花が「マイホーム信仰」であり、私やみんなを勘違いさせてしまっているのだと思うのです。
"家"という存在こそが、家族みんなのいつまでも変わらない楽しい日々を約束してくれるという勘違いです。
たしかにそれは、農村においてある時代まで真理だったのかもしれません。
しかし、そこについてまわる前提条件を忘れてはいけないのです。
まず、三世代同居でなければ成立しないのです。循環する時間こそが幸せなのですから、一つの家の中で、生命が誕生し、育ち、結婚し、介護し、老いて、介護され、死んで行くというサイクルが延々と繰り返されてはじめて輪はつながるのです。そこでは常に子育ても介護も同時進行されているわけですから、家に求める機能もぐるぐると世代交代するに過ぎず、家に求める条件は結局ずっと変わらないわけです。
そして、家屋の造りは、シンプルだけど、だからこそ長持ちするというものである必要があります。何年も何年も変わることなくみんなが住み続けるためです。骨組みだけは木造のしっかりとしたものがあり、壁や屋根や床については、ふすまや障子や茅葺きや畳といった定期的なメンテナンスを前提としたものでなければいけません。メンテナンスは必要だけれど、だからこそ、日本の風土とうまく折り合いをつけて、百年を超える建物としての寿命が成立するわけです。
ちなみに、木や紙といったいわゆる旧建材で造られた機密性の低い家に三世代が同居していたわけですから、夫婦の営みは色々と大変だったようです。高知の農村のおばあちゃんに聞いたところによると、おばあちゃんの若い頃は林業も兼業している農家が多かったので、植林に行ったついでに山で子作りしていたそうです。
そして最後に何と言っても、継ぐべき家業があることです。生きていくためには仕事が必要ですが、住むべき家の近くに就くべき仕事があるなんて、そんな都合のいい話はそうそうあるわけがないのです。その点、農家の場合は農業という立派な家業があるんですよね。
宮尾登美子の自伝的小説によると、都市生活者だった宮尾さん一家の場合、放蕩していた兄は、芸妓娼妓紹介業という家業を手伝うことに結局落ち着き、その他のぶらぶらしていた若い衆達は、あるタイミングで定職に就こうと仕事を探した末、みんな高知を離れてしまいます。そもそもが、都市生活者にとって家は転々と渡り歩くものであって、宮尾さん一家も何回も引っ越す様子が描かれています。
こうして考えてみると、農村の価値観は、"家"というものの永続性を保つためには本当に良くできているなぁと思います。
だからこそ、農家の次男坊三男坊達は、都市部に進出してきてなお、自分たちが生まれ育った"家"によく似たものをつくって初めて一人前であると思いこみ、「何としてでもマイホームを!」という信仰が生まれてしまったのでしょう。
そしてそれが、歴史のイタズラで昭和の間は都市部においてもそれなりに機能してしまったことが、問題をこじらせたのだと思います。
三世代同居が都市部でも成立していた頃はまだ良かったでしょう。
旧建材を使ってメンテナンス前提だけど長持ちする日本家屋が建てられていた頃はまだ良かったでしょう。
高度経済成長期でそこら中に仕事が溢れていた頃はまだ良かったでしょう。
しかし、時代はすっかり変わってしまいました。核家族が基本で、新建材の家屋やマンションがほとんどで、定職に就くことが非常に難しい時代です。
いや、時代が変わったのはもちろんとして、そもそも大正生まれの宮尾登美子が、当時、都市部から嫁いできて農村の価値観に耐えられず離婚にまで至ってしまっているわけです。
たしかに、江戸時代から昭和まで日本の農村において延々と続いてきた良くできた価値観だったのかもしれませんが、そこに色んな影の部分があったのはもちろんとして、そもそもの前提がまったく違う現代の都市部においても成立するほどの普遍性があるわけがないのです。
そんなことを考えていると、現代のニートというのは、マイホーム信仰が生み出したようにも思えてきます。家業もないくせにマイホームなんて建てちゃって、そこにずっと住んでてイイよなんてなったら、そりゃあ仕事にあぶれて自宅警備員になってしまう子どもがいっぱい出てくるってものです。当時の農家の場合は、農業を継ぐ長男以外は強制的に家を放り出されて新天地を求めるしかなかったわけですし、都市生活者の場合は、新しく仕事を求めるとなったら、やっぱり新しい土地に行くことを考えなきゃいけなかったわけですから。
永続性なんてどう考えても成立しない"家"が、まるで永続性があるかのようにそこに存在することが、色んなことをいびつにしてしまっているのだと思うのです。
「"たわけ者"になりたくない私の気持ちを弟は知らず」に続きます。
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