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2007年9月

2007年9月 8日 (土)

赤ちゃんからビデオデッキを守れ

子どもはビデオデッキが大好きになるそうです。
ビデオを入れるところに何でも突っ込んでしまい、
食べ物でもおかまいなしなので、
ビデオデッキが壊れることも多いらしいです。

アキバ家自慢のS-VHSデッキは、
HDDレコーダー導入以来、活躍の機会が減ったとはいえ、
DVDに比べて圧倒的に信頼性が高いメディアとして、
まだまだ活躍してもらわなければなりません。

家電好きの長女は今のところ炊飯器に夢中ですが、
ターゲットがビデオデッキになる日も遠くないでしょう。

ということで対策を考えていたところ、
帯屋町の100円ショップでそのものずばりのグッズを
発見しました。

ムービーを見て分かるとおり、
目的は十分に果たしてくれそうです。おすすめ。

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2007年9月10日 (月)

藤子不二雄A・鈴木伸一対談書き起こし 1

8月5日(日)にかるぽーとで行われた
「藤子不二雄A+鈴木伸一 対談『横山隆一と手塚治虫』」の
書き起こしを少しずつしていこうと思います。

やらなきゃやらなきゃと思っているうちに、
1ヶ月が経ってしまいました。

文献になっていない内容も含まれているかもしれません。
日本漫画史の貴重な記録として、
きちんと文字情報にして残しておくのが、
高知のオタクとしての使命でしょう。
何より、とってもおもしろかったですし。

それでは、少しずつ書き起こしていきますので、
気長におつきあい下さいませ。

 

その1 藤子不二雄Aさんと鈴木伸一さんの紹介
 

司会

それではお二人に登場いただきましょう。
藤子不二雄Aさん、鈴木伸一さん、よろしくお願いします。
まず簡単にお二人のプロフィールを、
私の方から紹介させていただきます。

藤子不二雄Aさんは、1934年富山県生まれ。
藤子・F・不二雄さんと組んで漫画を書いておられましたが、
1987年コンビを解消。
その後も精力的に作品を発表されています。
代表作は、「忍者ハットリくん」「プロゴルファー猿」
「笑うせぇるすまん」「まんが道」など数多く、
2005年には全作品に対しまして、
第34回日本漫画家家協会賞文部科学大臣賞を受賞されました。

鈴木伸一さんは、1933年長崎県生まれ。
1956年、横山隆一さん主催のアニメーション制作会社
おとぎプロに入りまして、
「ふくすけ」「ひょうたんすずめ」「プラス50000年」などの
制作に参加されました。
その後、ときわ荘以来の友人である漫画家さんの
藤子不二雄Aさん達とスタジオ・ゼロを創立。
「おそ松くん」「パーマン」「怪物くん」など、
多数制作されております。
藤子さんとはときわ荘時代からの友人で、
鈴木さんはオバケのQ太郎に出てくる
ラーメンの小池さんのモデルとしても知られています。
2005年3月より、杉並アニメーションミュージアムの
館長としても活躍されています。

それでは、あとはお二人にゆっくり
お話しいただきたいと思います。よろしくお願いします。


藤子

みなさんこんにちは。
僕は高知は何回も来ています。

横山隆一先生とは、昔から何度もお酒を飲みに
行かせていただいて、
大変お世話になった大好きな大先生です。

もちろん手塚治虫先生は、漫画の完全な先生で、
そんな横山先生と手塚先生が、
漫画やアニメーションといろんなものを通じて仲良しだったので、
今度の展覧会で
「横山隆一・手塚治虫二人展 ~フクちゃんからアトムへ」
というテーマでやられるということで参りました。

そして横にいる鈴木伸一さん、
僕らはフーちゃんフーちゃんと呼んでいますが、
これは、昔、彼が「風田 朗(かぜた ろう)」という
ペンネームで漫画を描いていましたので、
それでニックネームが「フーちゃん」なんですね。

当時のときわ荘時代の彼は、
髪がクルクルクル~っとなっていて、
(寂しくなった鈴木さんの頭を見ながら)
最近はちょっと変わってきましたけど(笑)
完全なクルクルクル~とした頭でおもしろいなぁと思って。

当時描いていた「オバケのQ太郎」という漫画で、
当時非常にはやっていたインスタントラーメンを小池さんが
食っている四畳半の部屋に、
大嫌いな犬に追いかけられたオバQが飛び込んでいくという、
何の意味もないただそれだけで、
何のギャグも無いんですけど、すごい人気が出て。
そのモデルになったのが鈴木さんで。

そういうわけで、鈴木さんはずっとときわ荘の住人で、
僕らとずっと一緒にいたんですけど、
途中から横山先生のおとぎプロの方へ行かれて。

そういうわけで、本当に不思議な縁なので、
今日はこういう対談となりました。


鈴木

僕は、ときわ荘に居た頃はすごく貧乏だったんですね。
食べるのはパンだけというような生活だったんですが、
横山先生のところに行ったら、毎日すごいごちそうでね。
おやつも出るし。食べることに関しては天国でしたね。
あまりの落差に、漫画家ってこういうイイ生活が
出来るもんなんだなぁって思いましたね。


藤子

ときわ荘には、僕らが先に入っていて、
鈴木さんは後から来たんだよね。

ときわ荘というのは四畳半で、
ある冬の日に彼の部屋の戸を開けたら、
上から50Wの裸電球がぶら下がっていて、傘もない。
そこへ手をかざしているんですよ。
手を温めているのかなと思ったら、そうじゃなくて、
トーストにバター塗って、電球で溶かそうとしているわけ!
あんなの溶けるわけ無いのに(笑)


鈴木

いや、けっこう溶ける!


藤子

しかも部屋には敷き布団だけが一枚あって、掛け布団が無い!
敷き布団にぐるぐるぐるっとくるまって、
首だけ出して寝ているという実に奇妙な人でね。

まあ、そんな話は今日は関係ないけど。

 

ということで、
次回からはいよいよ横山隆一と手塚治虫の交流が語られます。

対談のきっかけとなった企画展
「横山隆一・手塚治虫二人展 ~フクちゃんからアトムへ~」は、
9月24日(月・祝)まで横山隆一記念漫画館で行われています。

二人の貴重な生原稿がたくさんあって興味深かったですよ。

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